2006年9月15日〜19日、遅い夏休みを利用して初の中国旅行をした。
エリアは江南地域、上海2泊・杭州2泊の日程。
観光中心ではあったが、竿を持参し、杭州の西湖では数時間の竿出しも実現した。
*写真はすべてクリックで大きく見られます。
まずは、アオウオのふるさとである長江(揚子江)の河口デルタの南側に位置する上海に二泊。
第一印象は、快適で、清潔で、便利さを持った大都会。少なくとも東京で生活している身にとって違和感のなさは、過去の訪れた台北やバンコク、ソウルなどアジアの首都と比べてもナンバーワン。少なくともここが社会主義の国とは信じられない。
近未来への疾走と、レトロが混在した刺激的な街。ここはあくまで大都市「上海」であって、上海=中国ではないが、今の中国を感じるには十分だ。
摩天楼のそびえる都心部だけ見ていると、アジア的な猥雑感とはかなり遠い印象を受けるが、路地裏には人々の素顔の生活も垣間見える。一方で地方と都市、持つ者・持たざる者、日本人には想像を絶する「格差」も実感する。でも、それぞれが生きるために前向きのエネルギーにあふれている。
私の元同僚で、現在は上海駐在の劉君と食事。(彼は北京出身のエリートで、日本に留学後、約10年の業務経験を積み、中国に逆駐在中。)案内してくれたのは上海の今を感じられる洒落た店。
上海2日目は、上海駐在の日本人釣りクラブ「徳威杯」を主宰する池田さんと、桜井さんにお会いする。車で釣具店探訪と市場でエサ(タニシ)購入を案内してもらう。
釣具店は2店舗を訪れたが、触手をそそるようなものは無かった。アオウオ用の市販エサはないかと尋ねてみるが、ソウギョと兼用の練りエサか、生きエサのタニシかミミズなどのことで、専用品は見当たらなかった。
土産用にソウギョとコクレン用の練りエサを購入。
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庶民的な市場に行くと、コクレンとソウギョはどこの魚屋にもあるが、ハクレン、アオウオは見当たらなかった。
特にコクレンの頭は業務用のみならず食卓でも人気があるらしい。エアレーションされ泳いでいる活魚を、その場でダイナミックに頭を切り落とし、計り売りで売られている。ソウギョはウロコを落としてブツ切りで販売されている。
タニシはどこでも売っている。二日後の杭州での釣りエサとして使用するため、ここで調達することにする。ただ旅の途上であることと、夏の気温を考え、付けエサ用だけを30粒ほどビニール袋に入れてもらった。
下町の商店街。 狗肉(犬)もあった。 |
コクレンは上から 見るとナマズに似る |
ソウギョの鱗は ワイヤブラシで |
中国人の喜ぶ コクレンの頭。 |
ダイナミックかつ 無造作な陳列。 |
カラス貝 (20cm以上ある) |
田鰻(タウナギ)が ニョロニョロと |
カエル (もちろん生きている) |
ライギョ (雷魚) |
今回の第二の目的地は杭州(ハンジョウ)。 上海から南へ200km、バス、汽車で2〜3時間ほどの場所にある中国有数の国際的な景勝地。杭州は浙江省の省都で、古くは南宋の首都として栄えた。市の西側にある西湖(シーフー)はかつてマルコ・ポーロが、天国のようだとたたえ、上海の人々が日ごろの疲れを癒しに訪れる週末リゾートとして有名。(2004年から「女子十二樂坊」が観光イメージキャラクター。)
成田、関空から直行便も運行しており、JAL ANAなど航空会社のキャンペーンも盛ん。浙江省は中国の中で日本にも一番近い位置にある省で、紹興酒の紹興市もある。
中国四大家魚といえば江南地方。上海だけの滞在を希望する妻を説得し、今回の旅に杭州を加えたのは、シンボルである「西湖」がその理由。私の旅には水のあるところが必要で、あわよくば竿も出せるかもと考えると、やはり都市の上海だけではものたりない。しかし、同時に、女性ウケも考えないとならない。西湖は大手飲料メーカーのCMでも使われたあの絶景の湖、女性誌でも癒しのリゾートとしても紹介され、エクスキューズが成り立つ。
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上海から杭州へは列車(電車ではなく、エンジンのついた「列車」)で移動。
チケットは劉君が「軟座」という一等席を事前に予約しておいてくれた。また、上海駅があまりに大きく複雑なのを心配した劉君が、玉ちゃんという現地女性社員をホテルからアテンドにつけてくれた。日曜日で休みのところをそれだけのために・・・。
日曜日でごった返す上海南駅は、まだ竣工したばかりで超近代的。まるで空港のような大きさだ。一等席の乗客は、その列車専用のラウンド待合室がある。やはり初めてだと戸惑うかもしれない。
上海から約2時間、快速で次の停車駅が杭州だ。杭州行きの列車なので乗り過ごす心配もなく、車窓からは郊外ののどかな風景にウトウトしていると杭州駅に到着。この路線も将来はリニアになるという。
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西湖は周囲15km、5・6平方キロ。宋代の詩人・蘇東坡は、「西湖をもって西子に比せんと欲すれば、淡粧 濃抹 総て相宜し」との詩を残し、中国四大美女とうたわれた西施にたとえて、そのすばらしさを形容した。絶景は枚挙にいとまがないが、特に、「三潭の印月」「雷峰の夕照」「蘇堤の春暁」などの西湖十景は、中国人なら誰でも知っている。「蘇堤」と「白堤」は、湖を横断する形になっていて、西湖を里湖、外湖、岳湖、里西湖、小南湖の五つに分けている。
西湖は三方を山に囲まれているが、さして高度もなく、平地の湖といっていいだろう。人口120万の大都市の中にあるわけだから、台湾の日月潭や日本の箱根のような山上湖イメージとはだいぶ違う。水の透明度は30cm程度、お世辞にも美しい湖水ではない。湖畔の道路は車と自転車であふれかえり、静謐なリゾートとは程遠いが、自然と人工物をたくみに一体結合させた景色はさすがに中国屈指の景勝地。どこを切り取っても絵になるシーンばかり。
湖畔に十数店はあろうと思われる飲食店は、どれも同じようなたたずまい。生きたタニシ、シジミ、大きなザリガニなど、淡水の魚介類がタライに入れて無造作に軒先においてある。それだけで日本のアオウオ釣りファンならばゾクゾクするような有様だ。
ガラス越しに見える店内の水槽にはコクレンやソウギョが多い。海の魚も少しはあるが鮮度は期待できそうになく、さすがに川魚料理中心の江南地方だ。アオウオの水槽がある店に入ろうと、ひととおり覗いて回るが、見あたらなかった。
中国語の文字だけのメニューだけでは注文できそうにないので、写真のメニューがある店を探して入った。
ザリガニ料理の写真には英文でロブスターと書いてある。「桂魚」と書いてある水槽にブラックバスも入っているのには失笑。
西湖の名物料理は草魚を甘酸っぱく煮付けた「西湖醋魚」。だが、価格も割高で、どうもあまりそそらないので、コクレンの頭を頼むことにした。コクレンは地方名が多い魚だ。写真を見ればわかるので呼び名は何でもいいが、一応ウェイトレスに筆談で、この魚は何?と尋ねると「大斗魚」と書いてくれた。英語でビッグヘッドカープ、まあ、台湾で「大頭連」というようなものだろう。
これがコクレンの頭。 身の肉はやや小骨も多い。 味付けは塩辛い。 |
頭の肉は眼の周りとエラの裏側くらいで あとは食べるところはほとんどないが 脂が乗ってたしかに美味。 |
ソウギョ、レンギョ、アオウオ、といった魚は、この江南地方の湖沼なら基本的にどこでも放流されていると考えていいだろう。ただ日本のように環境配慮とか自然愛護的な甘いものではない。
成長が早く効率の良い「四大家魚」に限らず、淡水魚は重要なタンパク資源。ズバリ、投資とリターンの関係だ。それなりの管理と制限がある。「釣り」は遊漁、捕獲行為、漁のひとつ。私のように四大家魚を「食べる」のではなく、「釣ること」だけを楽しむといっても理解されないだろう。
西湖にも当然ながらアオウオも160cmオーバーが生息しているが、基本的に釣りは禁止。
しかし、西湖を南北に横断する約2.8kmの歩道堤「「蘇堤」(宋代の詩人・蘇東坡が構築したのでこの名がある)の一部区域のみ、3月から10月の期間に限り、平日ならば有料で釣りができるということがわかった。蘇堤は南から映波橋、鎖瀾橋、望山橋、圧堤橋、東浦橋、跨虹橋の6つの橋があるが、「鎖瀾橋」から「望山橋」の間の500mほどの区間であることも確認できた。
しかし、さらによくよく調べてみると、あくまで杭州市釣協会員に対して火曜日と木曜日のみ有料(一日12元=200円程度)で釣りを許可していることがわかった。さらに月曜日と金曜日は、老年釣協会員(省政府の幹部OBなど)のみが許される。しかも、いずれも年間300枚程度のみ販売される釣協会の年間チケットを購入していなくてはならない。
このような厳しい制限のある西湖は釣りの側面から見ると管理池に近いものだ。だが、その可能性は如何だろうか。実は中国で大魚を狙う釣り場としては、制限があることはかなり重要だと思う。西湖への魚の放流量は相当あり、しかも釣りと漁も禁止ということは、逆に言えば魚が保護されているということである。
また、湖の水深は1.5m〜2m程度と遠浅で、ここを横断する堤は釣り場としては有利だ、しかも、観光船の少ない平日に釣りのできる人だけの釣り場なので、場荒れも少ないと思われる。青魚に関しては150cmオーバーの釣果記録もあり、釣り場としては有望な一級ポイントであると判断できる。
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あとは竿が出せるかどうかだ。
時期的には問題ない。 しかし問題は曜日。まず、釣協会のハードルについては、ホテルのコンシェルジュに何度かメールで確認するがおぼつかない。「一日の料金を払えばたぶん大丈夫でしょう」という返信が来るだけだ。英語メールでのやりとりが可能なコンシェルジュ機能を考慮してホテルもハイアットリージェンシーにしたのだが、このあたりのサービスの限界がやはり中国かという感じも受けた。
上海の桜井さんの知人のルートで釣協会にかけあってもらい、火曜日か金曜日ならば、旅行者ということで、なんとか融通きくかもしれないというところまでなった。しかし、今回の旅行日程は老年釣協会員対象の「月曜日」にしか釣りができそうもない。不確実要素を残したまま、竿を携えての今回の旅行出発となった。
いくら中国でも、観光旅行先の短時間で青魚を釣るなどという結果はそもそも求めていない。5分でもいいから自分の竿が出せたという結果が残せれば、今回の旅としては満足なのだ。
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ホテルへのチェックインは日曜日夕方。釣りは明日の未明から決行だ。蘇堤のロケハンをしたいところだが、時間がない。コンシェルジュを訪ねて、つたない英語で相談してみる。男性の彼は意外と話がわかり、ネットで検索してくれる。しかし、やはり協会のハードルがあるので釣りは難しいかもと、いう表情だ。
結論として、ゲリラ的な現場交渉あるのみ、ということになった。しかし、交渉するといっても、言葉の壁は大きい。、コンシェルジュもいろいろと策を考えてくれた結果、中国語で「あなたと一緒に釣りをしたいのですが」というメモを書いてくれた。これを現場で釣りをしている人に見せろという。要は会員と同行者ということならばなんとかなるだろうという作戦だ。
最悪でも罰金200元(=3500円)。しかし、ここは海外、しかも中国。いざというときのためにパスポートも釣り場に携帯することにした。
とりあえず現場に行ってみるしかない。18日の月曜日は4時に起床。
日の出は5時45分なので、あたりは真っ暗だ。とりあえず興奮して東の空が白むのを待って、ロビーに降りてみる。まだホテルのスタッフは居ないが、幸い、エントランスではタクシーが二台泊まっていた。寝ている運転手を起こして蘇堤へ向かう。
ホテルから蘇堤までは4〜5kmあるが、通行の少ないこの時間、5分少々で堤の入り口に到着。6時前の湖畔にも太極拳や散歩をしている人が多い。(蘇堤は歩行者限定で、自転車も押して歩かねばならない。)
当日の天候は穏やかで、両側の柳の林から鳥の声が穏やかに響き、空気も素晴らしい。期待と不安を胸に写真を撮りながら堤を7〜8分くらい歩くと、ついに目的地の鎖瀾橋橋〜望山橋の区間に到着。
堤長は2.8km |
蘇東坡の像。 |
入り口にて |
舗装されている |
桃や柳の続く小道 |
釣り可能な区間に到着すると、すでに10名くらいの釣り人が竿を出している。やはり、年配の方が多い。
私は竿バックを担いだまま、釣り支度をしている分別のありそうな方に、笑顔で例のメモを出してみる。
「#%&’○×◎*!」と、ケンもホロロに断られる。別の釣り人にも見せるが、やはり話にならず、首を横に振られる。
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しかし、ここまでは案の定というか、想定の範囲内。
そこで、桜井さんの知人の現地在住の日本人女性、小竹さんに携帯で連絡をとる。事前に釣り協会に問い合わせてくれたのも実は彼女だ。
彼女に現地に同行していただき、釣協会の腕章をしたオジさんに釣りの許可について交渉してもらう。(彼も竿を出している。)私が青魚釣りをしている日本人で、ここで釣りをするために来ていること、日程が今日しかこなく、ほんの数時間でいいから竿を出させてくれないかと、何度も何度も頼んでいただく。
しかし、「今日は老年の限られた幹部のみ。そのような事情ならば気持ちとしてはやらせてあげたいのだが、若い人に一人認めてしまうわけにもいかない」ということで断念。「ただ、明日の火曜日ならば釣り協会員の一般開放日なので、なんとか大丈夫だ。、それから後でも係員に話しておくから問題ない。そもそも未明から係員が来る時間の7:30までならばまったく問題ない」といってくれた。
翌日は帰国日でホテルを10時過ぎに出発なので、釣りをするつもりはなかったが、少しでもここでできるなら、その時間だけ竿を出すことにしようと決定。
結局その日は西湖をあきらめて、小竹さんのお住まいの近くの「銭塘江」で竿を出すことにした。
釣りに関してはなんら制限がなく、西湖からタクシーで10分とかからない距離にある。
銭塘江は「大海嘯(かいしょう)」といわれる大逆流が起こることでその名をご存知の方もいらっしゃると思う。海嘯とは満潮のときに海面が川の水面よりも高くなって、海水が川へと流れ込み、波となって川を逆流していく現象。ブラジルのアマゾン川で起きる「ポロロッカ」と銭塘江の「大海嘯」は世界の川で起きる海嘯の中でも群を抜いた規模といわれる。
約600kmの大河、もちろん四大家魚も天然繁殖している川である。下流部は杭州市を貫くように流れ、杭州湾に注いでいる。
岸辺は高い堤防が施工されているが、干潮の時間ならばその下のコンクリートから竿出しが可能だ。
時間はすでに九時近くなっている。気温も上昇して厳しい暑さだが、時間もお昼までと決めて、とりあえず降りられるところでやってみることにする。
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川幅はゆうに1〜1.5kmくらいはあるだろうか。対岸には高層マンションが見えて多摩川や江戸川のようだが、スケールは利根川の下流部の三倍くらいありそうな大河だ。
流れはごく緩やか、急がず滔々とゆったり流れるが、残念ながら中国の大河という言葉から日本人が想像する風情はここにはない。水は黄色く濁り、透明度はゼロに近い。原因は日本の高度成長期の都市部の川がそうであったように、巨大な人口の暮らしと、拡大し続ける工業生産活動に伴う汚排水だろうか。
完全にコンクリートで固められた川は岸辺の葦や浄化作用を望むべくもない。中国の大河の下流部は、水に親しむ場所ではなく、生産と流通のための輸送路だ。今回の旅では長江まで足を伸ばせなかったが、これが数十倍のスケールとなったスーパーハイウェイと考えればそう遠くないだろう。四大家魚たちの故郷の、実際の繁殖の地はこのような現実だ。
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岸辺にはすでに釣り人が五〜六名、リール竿を並べている。ひとりでの竿数がやたら多い。エサは練りエサ、仕掛けは吸い込み式でやっている。小竹さんに頼んで現地の釣り人に対象魚を尋ねてもらうと、なんでも釣れるものを釣るということらしい。アオウオについては持参の写真を見せて確認すると、大きいのがいるという。
早速、竿を伸ばし、三十号のオモリを付けて、50mほどの距離を底探りする。水深はわずかに1.5〜2m。カケアガリらしきものはなくフラット、底にはノロかヘドロが堆積しているような感じだ。アオウオのポイントとしては内心、ウーム・・・と思うが、上海から持参のタニシを付け、三本の竿をセットする。とにかく竿は出せた。
気温は三十度近い。堤防の下は照り返しもきつく、堤防上の道沿いの木陰で小竹さんと話をしながら、アタリを待つ。旅先での初対面の女性だが、酔狂な釣り人のワガママに快く付き合っていただき、あれこれと話は尽きず、穏やかに時間は過ぎる。
川の釣況は地元の釣り人に時折、十センチほどの小魚が釣れる程度。
やがて昼となり、撤収。こうして中国での初めての竿出しは三時間にして終わったが、十分に満足だった。
ここまで触れてきた上海の釣具店、市場、杭州の料理店にしても、中国四大家魚の中でも中国の生活接点になじんでいるのはソウギョ、コクレンばかり。なかなかアオウオには巡り合えない状況であった。
そんな折、西湖の近くに杭州三大名泉の一つ、「玉泉」という庭園池があり、そこでアオウオが見られるということでタクシーで行ってみた。
10m×20mほどの長方形、水深1mほどの池に120〜140cmのアオウオが数十匹遊泳し、観光客が与えるエサを食べている。
なぜここにアオウオなの!?と、唐突な感じだが、やはり大きくて姿がいいからだろう。ふつうになじんでしまうのが、やはり中国だ。アオウオの濃紺の背中と長いヒレでゆったり泳ぐ優雅な姿は確かに鑑賞用として美しい。
中国滞在もあと数時間となった最終日の朝、4時に起床。5時半に現地着。釣りは7時半までの2時間だけとする。(理論的には前日にお墨付をもらっているので一日釣りをすることもできた。)
気温は17℃くらいでひんやりとしている。Tシャツにパーカーを羽織ったが、ロッドケースとリュックをしょって堤を数百メートル歩くと期待と興奮で汗ばんできた。
釣りエリアには先着の釣り人がすでに20人以上いた。外湖とつながる橋周りはおそらく澪筋があると思われ、ポイントは橋の際を狙いたかったが、あいにくどちらの橋にも釣り人がすでに入っている。
とりあえず望山橋の近くに釣り座を探す。持参したのは5.4mの竿なので、柳の木のオーバーハングが切れているところに入る。竿は三本持参したが、撤収も考えて二本のみとする。
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他の釣り人との無用なトラブルは避けたいので「私は日本人で、中国語がわからない。私は青魚釣りキチで、今日は帰る、今朝だけ釣りをしたい」という意味を書いたノートを傍らにおいて、竿のセットを始める。
隣の釣り人が話しかけてきたので、ノートを見せると笑顔で頷いてくれる。手振り身振りで意思を伝えつつ、日本にも青魚がいるのだよと、持参したアオウオの写真を見せるとまた興味深そうに見ていた。
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ハリは管付ソイ18号、ハリスは八号のフロロカーボン40cmと30cmの2本針。エサのタニシは食わせのみなので、集魚性を考えて殻を潰して数珠掛けにしてみた。
前日は気付かなかったが、足元の岸辺にはタニシがびっしりついている。ならばエサもタニシで問題ないだろう。
ここは岸から数百メートルの沖合いになり、遠投は必要ないが、一応、30メートルほど投げて底探りをしてみる。水深は1.5mほど、底はほぼフラット。
距離20メートルほどに投餌点を決め、いよいよ開始。日の出直前で空が紅く染まってくる。
やがて朝日が昇り、、朝モヤが切れてくる。息を呑むような絶景、最高の気分だ。
竿の上には「蘇堤春暁」の柳。正面は離れ小島「三潭印月」、右手には「雷峰塔」。どれも西湖十景の景勝。昨日の銭塘江とはまったく違う風情、これぞ求めていたものかもしれない。私の脳内での中国イメージそのもの。
わずか2時間、アタリはなく終わったが、とにかく竿を出した。
おそらくこの堤でアオウオを狙って竿を出した日本人は初めてだろう。ここまで竿を背負ってきた甲斐があった。
自転車で釣りに来ているローカルアングラーは、素朴な道具立てだが、西湖蘇堤スタイルともいおうか、共通したスタイルの釣り方をしている。ほとんど皆、3m程度の投げ竿にスピニングリール、岸辺の石畳みの間に細い竿掛けをさして、竿を水平に数本並べ、鈴をフックでトップガイドの手前の糸にぶら下げている。エサは練りエサかミミズ。
この程度の長さの竿は柳のオーバーハングを避けるのに好都合だ。竿の出し方だけを見ると、ヨーロッパの鯉釣りスタイルに近いものがある。
ここでは釣り人が風景の一部となって、どう撮影しても絵になる。
これほど美しい釣り場は中国でも少ないかもしれない。皆、幸せそうだ。
なぜ中国に行きたいのか。理由は問答無用、四大家魚の故郷の国だから。
アオウオ生活14年目。中国大陸に足を踏み入れるチャンスにはなかなかめぐまれなかった。過去に何度も考えたが、SARS、反日運動などでなかなか実現しなかった。
今回は現地事情リサーチが主で、釣りに関しては確約なしの見切り発車となったが、中国在住の日本人の方々に助けられて数時間の竿出しをついに実現できたことに感謝したい。
海外で竿を出すとなると別の角度からの事前調査とエネルギーが必要だ。おりしも私が西湖で竿出しした日、ちょうど一年前に竿を出したタイのバンコクではクーデターが起こった。そのような海外ではテロや政変などのリスクもある。都市部を一歩離れて外国人旅行者がフィールドに居る事は想像もつかない危険もある。
限られたスケジュールの中で、当日の天候も考慮、エサの確保、移動手段をどうするか・・・。
いつもながらのコメントだが、百聞は一見に如かず、やはり現地・現場に行くしかないのが実感だ。
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大陸での最終目標は、日本では夢と思われる180cm級のサイズの大型アオウオを釣ることだ。
フィールドとしてはできれば四大家魚が天然繁殖している大河でのネイティブが理想だ。物流・交通の大動脈でもある長江はほぼ無理としても、今回の銭塘江クラスの数百キロの大河川はいくらでもある。
一方、四大家魚が放流された湖沼の釣り場は例外なく、なんらかの形で管理されているが、魚資源保護や安全面からもやむを得ないかのもしれない。それでも放流からの年月によっては、超大型も期待できる魅力がある。
魚はたしかにいる。しかし実際、精神的満足も含めて、そのような意味での納得の行く釣りができる場所ははたして今の中国にあるのだろうか・・・・。実は日本でコクレンを求めるくらいの難易度なのかもしれない。
いずれにしても、日本の利根川や江戸川のようにアオウオが天然繁殖していて、ただで、かつ安全に、誰でも自由に竿出しができることは実は大変貴重なことだ。普段はそのありがたみを気づかないが、そんな恵まれた釣り場は地球上で唯一かもしれない。海外に行ってみると、その素晴らしさを改めて実感する。
成田空港に降りる直前のJALの機窓から、利根川の長豊橋を眺めながら、そんなことを思った。
しかし、中国はまだ広く奥深い。どこかあるユートピアを信じたい。
小さな一歩だが、これをスタートの布石としたい。
次回は最低限の言葉を身に付けて行こうと思う・・・。
(2006年9月20日)
【参考サイト】
杭州西湖の釣り規定(中国語)