私の釣行の1ケ月後、東京・多摩川で鯉釣をされるフライフィッシャーマン、村上則洋さん(東京在住、カメラマン)がバンコク釣行されました。(フィッシングガイド、ジャン・フランソワ・エリアスを通じて、ブンサムラン湖です。)残念ながらジァイアントカープはヒットしませんでしたが、なんとメコン・ジャイアント・キャットフィッシュ(pla buk)の世界記録魚を釣りました。下記はその感動の釣行記です。
「タイランドに大物がいる。しかも大鯉だ!!!」という情報が入ってきたのは出かける約2週間前だった。海外取材の仕事のついでにバンコクを流れるチャオプラヤ川で釣りができないか?と調べていたところに、フライフィッシングで鯉釣りをしている藤田さんから「青魚釣りで著名な茂木さんのホームページにタイの大鯉の情報が載っているよ」と連絡が・・・。
そこに「楽園」があった。青黒い鱗に包まれた原始の川に泳ぐような巨大鯉の姿。さらに1mを超えるキャットフィッシュが入れ食いとまで書いてある。日本人として初めて茂木さんがシャム・ジャイアント・カープ(パーカーホ)を手にしながら、写真が撮れなかったことも・・・。
カミサンがため息をついて言う「やっぱり釣りに行くのね・・・。道具も新調するの?」。申し訳ない。40歳をとうに過ぎたこの男には自制心もなければ、老後の計画もない。ただ、ただ釣りたいのである・・・。私は淡水の大物と格闘する夢に心躍らせた。
まず、茂木さんにメールして情報の提供をお願いする。茂木さんが丁寧に現地情報を伝えてくださる(感謝感激)。次は現地のフランソワ氏に予約のメールを送ることだ。ここで自慢したいが、私と同行する栗原氏は英語がペラペラでタイ語も日常会話OKである。当然、彼にあれこれ無理を依頼する。
「ちょっと予定の変更があってね・・・」居酒屋でごそごそと釣行の計画書と、フランソワ氏へ送る書類を取り出す。
「釣り?現地で情報を集めるだけじゃなかった?」彼の唯一の欠点は釣りをやらないことだ。
「これ見てよ!こんなの釣れるんだぜ!」私の唯一の取り柄は強引なところだ。
栗原氏は笑いながら、日本酒を片手に全ての書類を英訳して渡してくれた。
フランソワ氏から返信が来る「マイフレンド!全てはオールライトだ! ただ、河川でのフライフィッシングは洪水で無理だ。ブン・サム・ランを楽しんでくれ。僕はフライフィッシングに明るくない。君が挑戦してくれ。今ブン・サム・ランは、キャットフィッシュがオススメだ。いい釣りを約束するよ・・・・」。
2002年11月7日朝、待ち合わせのサマセットホテルへBTS(バンコクの高架鉄道。便利で安い)で向かう。
Nana駅から5分でホテル到着。フランソワの奥さんと待ち合わせて、いざタクシーでブン・サム・ランへ!!!
バンコク東部の郊外。LAT PHRAO RD.(ラト・パラオ通りと読むのかな?)から小道をさらに奥へ入っていく。
9時45分に到着。沼に渡された桟橋を延々と歩いて有料バンガローへ。私達以外では2組の外国人ご夫婦がもう釣り始めている。一組は40代ドイツ人ご夫婦、私の横のバンガローには50代イギリス人のご夫婦。
ご夫婦で仲良くヒットしたお隣さん |
上半身裸のフランソワがひょいと顔を上げて「グッドモーニング!!! マイフレンド!!!」と声をかけてくる。外国人のご夫婦からも「グッドモーニング!!!」の声が上がる。
今日のガイドはTei(ティ)さん。私のロッドとリールを見て横のイギリス人が声をかけてくる「オー、ユア、フライフィッシャーマン?」 さすが発祥地の人、直ぐに気づいた。「どんなフライで釣るんだ?」、「これは浮かせるのか」とかあれこれ聞いてくる。「面白いドライフライだ。後で振らせてくれるか?」というので「もちろんOK!」と話が弾む。「もう少し日が高くなれば、メコン・ジャイアント・キャットフィッシュがかかるから、それまでのんびりやってくれ」とフランソワ。Teiさんがブレッド&ココナッツミルクの餌を巨大な団子にした仕掛けを思いっきりキャストした。「ちょ、ちょっと待って、私が投げるんじゃないの?」Teiさんに聞くと、「今日は客が多いから私が投げた。直ぐかかるから釣ってくれ」という。「これじゃ大名釣りだな〜」ちょっと拍子抜け。ブン・サム・ランは釣りのレジャーランドってことか・・・。
Teiさんの言うとおり、5分もしないでジャーとリールのクリック音! ロッドを掴みアワセると、リールからラインが引き出される。フライフィッシングのクセでロッドを立てたまま巻こうとしてしまう。Teiさんが寄ってきてトローリングのようにしろという。「OK、OK、わかった。そうするよ」と口で言っているが、慣れない釣り方(もちろんトローリングなんてやってませ〜ん)と、中年特有の覚えの悪さが重なって実にぎこちない。ようやく手元に寄ってきて、Teiさんがネットを入れる。94cmのストライプド・キャットフィッシュ。記念の1匹目をゲット。
フランソワから一言「イッツ!スモール!」。「水温が低いからストライプドが続くが、その内メコンがくるよ」とフランソワ。"水温が低い?さっきバンガローの近くで計ったら28度もあったのに"
手早くパンを仕掛けにつけてキャスティング。ビールひと口飲んでいる間にストライプドが次々とかかる。どれも90cm前後、10kgぐらい。外国人のご夫婦達も同じ状態。
メコンがでてきて 大物の入れ食い開始 |
午後1時までにメコンを12匹釣った。どれも118〜120cmクラス。腕が重い。それ以上にスピニングリールに慣れていない左手にマメができて痛い。午後はフライに切り替えることにした。フランソワがビニール袋を持ってきて、赤い親指大のフルーツをつまみ出した。「???」それは果物だぜ。フライじゃない。まさか私のブロークンな英語で「フライ」が「フルーツ」に聞こえたわけじゃないだろう?「これはタイ語ではタコップ(TAKOP)という果実さ」とフランソワが説明。これで釣れという。おいおい、それは餌釣り!!! 「この実は毒があるので魚は食べない。匂いで寄ってくるだけ」だから餌ではないと言う。"でも餌釣りだよな〜"と納得がいかない。
一応、試してみた。タコップを1個つけて12番のフライラインをキャストする。ループがほどけていく瞬間、タコップは何処かへ飛んでいく。ラインを回収してもう一度キャスト・・・、またタコップが飛んでいく・・・。エ〜イ!!! 全然調子が上がらない。自分のシステムに切り替えていつものようにプレゼンテーション!!! ライズした1mクラスのキャットフィッシュがフライをくわえて水中に身をひるがえした!ジャーー!とフライラインが引きだされる。ラインをつかむ人差し指と中指が熱い。12番ロッドがバットから曲がって美しい弧を描いている。"遊ばせて疲れるのを待つ"と思うのだが、桟橋の下をくぐられては万事休す。気が焦る。5分ほどで近づいてきた。5mほど離れたネットまで寄せて行こうとしたとき、ポン!とフライが外れた。「あちゃ〜・・・。だめか〜」口切れだ。キャッチならず・・・。
その後、キャストを繰り返すがフライにでない。マラブーを引くことも考えたが、小魚はピラルクが餌にしていると聞いて戸惑う。100kgオーバーをこのシステムで釣る自信がない。
周りを見るとドイツ人のご夫婦が桟橋の上で60cmのピラニアを釣り上げた。さらに、40m沖でパーカーホがジャンプする。桟橋の横で3mはあるピラルクがノッソリと水面を抜けていく。すごい沼だブン・サム・ランは・・・。何でもありだ。
初日はここで終了する。
早い朝食後、BTSに乗ってサマセットホテルへ向かう。途中、薬局を見つける。まだ開店準備中だったが、左手の化膿した傷と腫れを見せてヨードチンキとガーゼを購入(ありがとう店員さん)。タクシーの中でフランソワが「今日はキャットフィッシュで頑張れ。今週、43kgのワールドレコードが上がった。お前にもチャンスはあるぞ」と。
「ん〜〜、パーカーホが釣りたい」と私。「それは用意するが、カープはたまにしか出ない。Mr.茂木はとても幸運だった」とフランソワ。いや運も実力の内だ。茂木さんはすごい。だから釣りの女神が微笑んでくれる。私はいい加減だから "ま、いいか、郷に入っては郷に従え。キャットフィッシュが良ければキャットフィッシュに染まれだ"ということに。
2日目の8日は曇り。バンガローには、私と台湾人とお供の人たちだけ。
今日のサポーターのKIK(キック)君が餌の準備をしている。ロッドを受け取りキャスト。左手が痛む。これ以上、化膿しないことを祈る。
120cm台のメコンを7匹ほど釣った12時頃、ジジジーと今までと違う重たい引きがくる。「なんだかデカイよ」とKIK君に話す。フランソワがハンモックから起き上がって「ビッガー!」と一言いって再び横になる。リールの音で大きさが判るらしい。
「うぉ〜」とか「こっちへ来い!」とか叫びながら釣っていると、台湾人のお連れのタイ人女性3名も声援をくれる。
中年男が頬を赤らめてメコンと格闘を続けて15分。
上がったのは140cm、30kgの大物!!!
「ヤッター」と喜んで写真を撮ろうとすると、フランソワがリリースしようとする。「ちょ、ちょっと待ってよ!!! 30kgだぜ!」。「これはソコソコさ」フランソワが肩をすくめる。「ソコソコでいいから写真撮ってくれよ!!!」とカメラを渡す。
30kgとの格闘で手のひらの皮がむけた。ランチにトムヤムクンをフランソワが奢ってくれる。たるんだ体と脳に"活"を入れる。ホット(辛い!)でメチャクチャ旨い。エビがでかい。"よーし釣るぞ!"と午後の釣りを再開する。
そいつは釣り続けた午後2時頃にかかった。ジジジジーとゆっくりと重たい引きだ!「フランソワ!ビッガー!」。私の声と、いつまでも続くリールの逆回転音を聞いたフランソワが起き上がる。KIK君もけげんな顔でドラグを調整する。ドラグを締めるがラインの出は変わらない。これ以上締めたらリールが壊れるよ、とでもいうようにドラグが戻される。
「フレンド!ビッガー!」フランソワが笑う。その時だった60mほど先で水面が盛り上がり金色の魚体がくねった。巨大なメコンだ!!!フランソワのスキンヘッドが総毛立った(失礼。でも確かにそう見えた)。さらに目に怪しい光が宿る「ビッガー!!! ビッガー!!! ビッガー!!! フレンド!絶対キャッチしろ!!! こいつはワールドレコードだ!!! ゆっくりだ!ゆっくり巻け!アオルな!魚のいうとおりにしろ!疲れを待つんだ!」
立て続けの指示に「イエス!イエス!イエス!」と答えるが、条件は非常に不利だ。つぶれたマメのせいでリールハンドルが滑る。今日は20kg台を13匹も上げている。腕は石のようだ。左手はチリチリと痛む。
フランソワが台湾チームに叫ぶ「ラインを上げてくれ!!! 大物がかかった!!!」。快くラインを上げてくれる。感謝!感謝!巨大メコンは右へ左へと抵抗しながら10m位まで寄るが、またラインを引き出していく。疾走はしないが動きを止めることができない。そのうち腰にきて立っていることが辛い。立て膝でリールを巻き続ける。
20分ほどでやっと寄ってきた。立ってロッドを操作しないとバンガローの下に逃げ込まれる。エエ〜イ!!!と気合を入れて立ち上がる。ラインが引き込まれて体が持ち上がる。巻上げとリフトアップを繰り返す。リフトアップする度に6割くらいラインがでていってしまう。5mほどによってきた巨大メコンが、今度はバンガローの下に潜り込もうと方向を変える。
「ロール!ロール!」フランソワとガイドが叫ぶ。「イエス!」ジリジリジリ!と私が巻く。
「リフトアップ!リフトアップ!」とフランソワとガイドが叫ぶ。「うぉ〜!」と唸りながら持ち上げる。3人娘も一緒に「ウォ〜」と声をそろえる。
ロッドは真下に向かって大きく曲がる!KIK君が下に入らないようにネットを突っ込む。
巨大メコンが再び沖へ向かう。チャンスだ!リールを巻き込む!つぶれたマメと汗でハンドルが滑る・・・。
リフトアップ!全体が見えた!大きい!!!私ぐらいある。ヒレのひとかきでズッとラインを引き出す。ああ、この場景を写真で押さえられないのが悔しい。カメラマンの私が釣っていては仕方がないか・・・。
巨大メコンの力が突然弱まった。距離2m!KIK君がネットを入れる!頭をネットに向ける!ロッドが今までにないほど曲がる!もう1mも離れていない!「来い!来い!来い!」全員無言の中で、私が叫ぶ!・・・・ネットに頭が入った!!!・・・・・・・・キャーッチ!!! 釣り始めて40分間が経っていた。
フランソワ、KIK、台湾チームのガイドさんの3人でネットが引き上げられた。私は、ラインを緩めてその様子を呆然と見ている。足が動かない。彼らがバンガローの屋根にかけた重量秤にネットごと吊り下げる。
「あ、写真!写真を!」やっと我に返って、デジタルカメラをテーブルから取り上げる。手が震えてうまく撮れない。
3度シャッターを切る。
「47.5kg!!! フレンド!シャツを脱げ!ズボンもだ!」
フランソワが叫ぶ!水に入って記念撮影だ。うれしいけど大丈夫か?昨日ピラニアが釣れていたじゃないか・・・。と思いながらもうシャツを脱いでいる。Gパンはぬがなかった。3人娘は嬌声を上げている。
「フランソワ、ディープ?」私が聞くと、「ノー!ノー!腰までさ!」と答える。「フレンド!水にはゆっくり入るんだ!下に貝があるから足を切るぞ!」フランソワが忠告する。
「OK」と言ったものの、もう腕の力が無かった。「おぁ!」と腕の力が抜けて顔から水の中へ落ちる!「フレンド!君はムービースターか?俺はゆっくり入れと言ったはずだぞ!」とフランソワ。3人娘が大笑いする。「ディープ!!!」と言いながら私も顔面の水を払い大笑いする。
KIK君とヒレをしっかり握って記念撮影。巨大メコンは逃げようと頭を振る。重たい!!! KIK君は死なないようにエラのあたりで水をかき回している。私も慌てて口に水をかき込む。撮影が終わり下唇のフックを外す「ありがとう!長くかかってごめんな!」。よく見ると上唇に大きな傷がある。誰かに釣られてフックを引きちぎって逃げたのだろうか・・・。KIK君が沼に押し出したとき、大きなヒレから水しぶきが上がった。
フランソワが抱きついてくる「コングラチュレーション!!!」。3人娘がそろって言う「グレート!!!」。台湾チームのガイドが言う「グッドファイト!!!」。「サンキュー!サンキュー!」釣れれば全てがOKだ!
サマセットホテルへ戻るとフランソワから連絡を受けた田中さん(兵庫の釣具店タックコーポレーションの社長)とそのお仲間(11日に47kgを上げたマレーシアのK.K.Changさんも居ました)に興奮の中で話を聞いてもらう。その後、フランソワの自宅でIGFAへの書類を作成。「お前はよく頑張ったよ。ラフに釣らなかった」とフランソワがねぎらってくれた。
一人で釣ったのではない。フランソワ、KIK君、台湾の釣り人とガイドさん、3人のタイのお嬢さん、栗原氏、1日目のガイドのTeiさん、情報を提供していただいた藤田さん、そして先駆者の茂木さん、無理を笑って聞いてくれるカミサン、皆さんのトロフィーです。ありがとうございました!!!
帰国後、次は絶対パーカーホ!という思いが募る。そしてそれ以上の大物も・・・。
今、私はカミサンのため息を聞きながら準備を始めている。
2002年11月 村上則洋