幻の超巨鯉、パーカーホ(Pla Caho)

世界最大のコイはタイに


タイ近辺の固有種のコイで、全長3mに達するといわれるパーカ−ホ(Pla Caho)。
英名はSiamese Giant Carp。鯉科では世界最大の魚種とされる。

*plaはタイ語で「魚」。現地ではパーと発音する。ほとんど魚名は「pla ×××」となるようだ。Cahoはcarpと思われ、つまり、パーカーホとは「鯉」。ちなみに日本にもいるフツーのコイは英語ではCommon Carp。

これがパーカーホ!
写真はクリックで拡大します。いずれもバンコクのブンサムラン湖にての釣果)

110kg

45kg

46kg

47kg

これは釣ったものではなく、
メナム川で網で捕獲された107kg
[写真提供:Jean Francois Helias]

タイ釣行記

写真に触発されて、2002年9月22日〜28日にタイ旅行をしてきました。
9/25・26の2日間、まさにこの写真の湖で釣りをし、実際にパーカーホを一匹釣りました。日本人としてははじめてとのこと。下記はその釣行記です。


◆一枚の写真との出会い

2002年6月、ワールドカップフィーバーの真っ只中。
あるウェブサイトで目を疑うような写真に出会った。
 
スキンヘッドの西洋人と、ムエタイ選手のような青年が水中から抱え上げているその魚は
濃紺に縁取られたウロコ。黒々とした優美なヒレ。
私のソウルメイトであるアオウオに似たビジュアル。
しかし、隆々と盛りあがる背中は未体験ゾーンだ。
 
口には釣り針がついている。こんな魚が「釣れる」のだ。
淡水巨大魚は慣れている私も度肝を抜かれた。
神々しく輝くその魚は現地名パーカ−ホ。(Pla Caho)英名Siamese Giant Carp。
“シャム巨鯉”とでも呼べばいいのか。

世界を釣り歩いた小説家、開高健のエッセイにはタイの100kgの鯉の記述と写真があるが
この魚そのものである。
 

◆案内人はフランソワ。さっそくバンコック行きを決定

一体どこで、釣れるのか、どのくらい釣れるのか。
そのきっかけとなったウェブサイト、「フィッシングアドベンチャー・タイランド」のメールアドレスに慣れない英語メールで問い合わせるとあの坊主頭の西洋人、ジャン・フランソワ・エリアス本人から早速返事がきた。
 
Jean-Francois Helias(ジャン・フランソワ・エリアス)
フランス人。元ジャーナリストで、現在バンコクでフィッシングガイドビジネスを営む45才。超のつく釣りキチで、インテリジェンスとユーモア、ウィットにあふれたメールの文章からそのクレージーぶりがうかがえる。30才のころ、ムエタイの取材でバンコクを訪れて、タイの巨魚に魅せられ、釣りツアー業を1999年から営むことになったという。タイのさまざまなジャンルの一線の釣り師をガイドとしてネットワークし、主として欧米人向けに、淡水から海釣りまでコーディネートしている。特にスネークヘッド(ライギョ)とジャイアントカープに精通。海外のメディアにも積極的に情報発信、世界のトップクラスの釣り人が数多く彼のもとへ訪れ、実際に結果を出している。(彼のゲストと彼のチームでIGFA世界記録を30近くも更新)
*おそらく2002年現在、タイで最も信頼できるガイドだろう。情報量・質・スキル・情熱ともに素晴らしい。初めてタイに釣行するならば、まずはこの人に連絡することがベストだろう。タイ語がわからなくても英語で済むのだから。料金は現地の相場からいうと安くはない・・というか、高いが、得るものはそれ以上に大きいはず。そのサービスクォリティは太鼓判。
 

フランソワのオフィス兼自宅にて。
市内の2LDKマンション

壁は巨魚の写真で一杯。
かなり重症の釣りキチだ
彼によれば、メコン川、メナム川の特産であるGiant Carpはやはり釣り魚としては大変貴重な魚。この魚に魅せられた釣り人は多いものの、魚の数は非常に少なく、幻の魚。何日も、あるいは、一年アタリのない人もいるという大変な釣り。(要は日本でいうアオウオ並みということだ。)
特にヨーロッパの鯉釣りマニアの憧れとなっているという。


メールで私は自分のウェブ、青魚倶楽部の紹介もした。日本語のフォントがないので読めないものの、日本の巨大魚アオウオ(Black Carp)の存在も初めて知り、低確率のロマンを追い求める釣り人がいることに彼は大変感動したという。
 
折りしも今年の釣り未亡人慰安の夏休み旅行の検討時期とも重なっていた。
タイといえば、プーケットなどのビーチリゾートが近年人気、マッサージ、エステというエクスキューズも成り立つ。私はいてもたってもたまらず、夏の旅行は強引にタイに絞込み、しかも釣りをする都合から首都バンコック滞在のみとした。
 
旅の日程を決めるのと同時にフランソワにに二日間の釣りを申し込んだ。
ナマズなら一日300kgから500kg必ず釣らせるが、この魚の釣果はよほどの幸運が必要で、保証できないという。それでも今年11匹釣れているという情報から、
「私はオールオアナッシングの釣りには慣れている、とにかくボウズでもいいから、
コクレンとジャイアントカープを釣りたい」ということで意志を伝えた。
彼フランソワ自身とKiKという男が二日間、私をフルガイドするという。そう、まさにあの写真のチームだ。

左から
現地プロガイドKiK君と
フランソワ、私、Nok君
*ムエタイ選手のような体と西岡徳馬を若くしたようなルックスのKIK(キク)はブンサムラン湖の近くで釣具店「PRO KIK」を営む27才の好青年。彼自身も82kgの鯉を釣り上げており、鯉釣りでは右に出るものがないという。ポイントを読む目、キャスティング、竿捌き、腕は確かに一流だ。Nok君はその兄貴分のような存在。英語も少しできる。

◆首都バンコックという街。 

はじめてのタイ。日本の夏は雨期にあたり、しかも9月は年間降水量が最大の月。
終始、重苦しい雲におおわれて毎日夕立のような激しい雨。ただし、ときおりのぞく陽射しは強烈で熱帯そのもの。気温は30度前後で東京の真夏に比べるとすごしやすかった。

人口600万の国際都市バンコクは猥雑で不思議なエネルギーにあふれた魅力的な都市。
文字はまったくよめないが、その言葉は耳にやさしい響きで、人の表情は穏やかで笑顔があふれた印象で心地よい。街はクルマであふれ大渋滞、若者はバイク。台湾のようにスクーターではなく、スポーツタイプのホンダやカワサキ、ヤマハ。意外にも自転車はほとんど見られなかった。

初日はバンコック市内観光に出かけた。有名な三大寺院などまわって眺める定番中の定番コース。寺など回るのは修学旅行の奈良・京都以来だが、南国で育まれたキンキラキンの仏教王朝文化様式に圧倒され感激する。
首都バンコックは社会科で習ったメナム川の河口デルタにある。「メナム」とはタイ語では単に「河」という意味だそうで、この川はチャオプラヤ川と呼ぶ。現地語の発音は「チャオピア」。
ベトナムに注ぐメコン川と並んで広大で肥沃な中央平原の大動脈。
東南アジア特有の赤茶けた、御汁粉のようなとろりと水がよどんで流れて
多くの船がいきかう。運河に入ると自然の岸も少し残っている。ナマズだろうか、ときおり水面に斑紋がおこってワクワクする。 とにかく生命力にあふれた川だ。

チャオプラヤ河

 ◆巨魚の宝庫、ブンサムラン湖(Bungsamran Fishing Park)

ブンサムラン湖はバンコック最都心部から約15kmの郊外にある有名な24時間営業の管理釣場。
もともとは自然の湿地を20年ほど前に湖として整備された。

エントランス

英語の案内版

ここで食事もできる

こんな自然もある

「bung」は現地語で湿地。さまざまなタイその他の魚が移植された巨大魚の宝庫。
メコン大ナマズをはじめとする数種のナマズやライギョ、そしてジャイアントカープ(パーカーホ)
中国からのコクレン、さらにアマゾンから運んだピラルクまでいるという、世界に類を見ない釣り場。

ここには日本でいう「鯉」はいないらしい。この湖で「鯉」といえばパーカーホということになる。チャオプラヤ川から約20年間の間に数回成魚を運んだもので、大人3人で抱えるようなものがいたという。
メコン大ナマズ2〜3万匹に対して、パーカーホの数は200〜300匹と100分の1と少ないが、小さなものでも20キロ近い。
→魚種別の生息数はこちら
 
湖の入り口には看板があり、エントランスをくぐるとレストランやエサの売店がある。トイレもある。綺麗に整備されなんとなくリゾート感覚だ。タイの映画俳優が大ナマズを釣り上げている写真が飾ってあったりするのも興味深い。
広さは20エーカー。東京ドーム1.7個分、周囲は1キロ弱というところだろうか。実際の印象は湖というよりは池。釣りエリアはまず、無料の釣り桟橋があり、そこの対面側に27のバンガローが並んでいる。タイ風の屋根でエキゾチックな風景。日本では想像できない釣り場だ。 →釣り場の図はこちら

釣り料金は竿1本につき500バーツ(1500円強)。これにバンガロー代がグレードに応じて200〜1000バーツ別途かかる。魚はすべてキャッチアンドリリース。現地の相場で見ればここで釣りをする事自体、結構高級な遊びであり、限られた人の遊び場という感じ。それでも土日には予約で一杯になるという・・・。


*私はツアーパッケージなので送迎・道具・エサ・仕掛け・ガイド込みで一日5500バーツ(約1万7000円)をフランソワに支払った。(これは現地の労働者の給料1ヶ月分くらいにあたるらしい。フランソワ、かなりのやり手オヤジだ・・・。)
 

有料バンガロー

桟橋が一周している

夕景の湖

晴天の湖
その湖水はむしろ野池と言う感じのもので、決して透明度は高くないが、みるからに豊穣で肥沃。岸の浅場にはタニシがびっしり、水草の間をライギョの子やティラピアが行き交う。
近所のオバサンが網でタニシを取っている。食べるのだという。
水面には、おそらくナマズだろう、頻繁にヒレがヌッと出たり、バシャリと水面を叩いたり、とにかく物凄い魚影の濃さ。
バフッと激しく高く水柱を上げていくのはピラルク!
 
羨ましいほどタニシがびっしり。 岸辺は水草も豊富

◆タイ巨魚の仕掛けと釣り方

 
タックル・仕掛けはすべてフランソワが用意してくれたものを2本使用。
ナマズも鯉狙いのもほぼ共通のタックル。ロッドは大型ライギョ用の7フィート
かなりのヘビーアクションだ。これにペン9000番クラスの大型スピニングリールに道糸は30ポンド
100kgの魚を相手にするにはシンプルすぎる気がするが、足場の良い場所なのでこれで十分という。
 
仕掛けはさらにシンプル。まず、中通しの遊動ウキを通す。これは中層魚狙いの場合はラインの途中にウキ止めをつけて本来のウキとして使い、また、鯉のブッコミの場合はそのままインジケーターの役割をする。
その先には日本の鯉の吸いこみ仕掛けに似たラセン状のものを装着。ここにコマセの練りダンゴを握りコブシ大につけるのだが、このラセンは大小いろいろなバリエーションがあるらしい。
その下に約10cmの新素材のハリスがあって一本針をつける。針はガマカツの環付きの針。
輸出専用タイプだろうか。そのサイズと形状はおおよそ伊勢尼の15号程度だ。
 

ラセンにダンゴをつける

ナマズ用は食わせエサを装着

ナマズ用仕掛け

鯉用は発泡ボールを装着

鯉用寄せエサはコヌカメイン
市販のパーツ
ダンゴにするコマセは、ナマズも狙う場合はパンの耳にココナッツミルクと魚粉などの動物性の添加物を混ぜて練りこんだもの。
これはフランソワのチーム独自のスペシャルで、特効薬ブレンドとのこと。匂いはかなり強烈。
ナマズを避けて鯉だけを狙う場合は米糠をメインにする。
 
食わせエサはナマズの場合、練ったパンの耳をそのまま付ける。
鯉狙いの場合はなんとエサを使用せず、直径6ミリくらいの白い発泡素材の丸いボールを2個装着。
水底のエサを吸ったり吐いたりする鯉の習性を利用して、コマセダンゴの周囲で針に浮力をつけて漂うようにしておくと、針を吸いこむというものだ。コクレンの場合もタナを中層にするだけで同じ仕掛けで良いという。
いささか面食らったが、考えてみれば非常に合理的だ。比重ゼロ状態で漂う針というのはヨーロッパの鯉釣技をとり入れたもので、タイでは彼らのチーム独自のものという。
またこの湖の数多い魚種の中で雑食のナマズなどの外道を避けながら、目的の魚だけを釣るというのにも適している。
 
釣り方は竿掛けをつかわず、ベタリと板の上に置く。リールをほぼフリー状態でアタリを待つ。
ウキに出たアタリでアワせるのではなく、糸が引き出されるのを待ってアワせるというのがこの釣り場の特徴。

こんな感じ

穴に立てかけて

水平に置いて

雨でも釣り可能

◆一日目、ナマズで腕がパンパン。(9/25)

 
いよいよ当日。待ち合わせのホテルで朝7時にフランソワと初めて会う。初対面とはいえ、あのビジュアルだから間違えようもない。「ハロー、マイ・アングリング・フレ〜ンド!」という感じで握手する。フランス人にしては小柄で、写真よりはるかに陽気で快活なオヤジだった。ジャングルに1週間ほどライギョ釣りに行っていてメールの返信に追われ、前夜はあまり寝ていないとのことで、妙なハイテンションだ。初対面だがメールを何度かやりとりしているのと、やはり釣りキチ同志ということで、私の片言の英語でも会話が弾み、すぐにうちとける。
今日は私の妻も一緒なので、フランソワの妻のLekも同行して世話をするという。フランソワは45才とのことだが、レックはとても若い。都会的な洗練された印象。彼らの愛するペットで、映画の「ビルマの竪琴」に出てきたようなインコも一緒だ。
 

扇風機やテーブル付き

フランソワの妻Lek

釣り場での食事

フランソワ夫妻のペット
待ち合わせのホテルから4人でクルマに乗りこみ湖へ出発。渋滞に巻き込まれるが約1時間で到着。昨夜は激しいスコールだったが、天気は上々。ポイントはこの湖での最深部のバンガロー。水深は8〜9mという。水面にはモジリが多くそそられる。
 
午前中はまずナマズを狙ってみる。パンのダンゴをつけ、ウキ下は2m程度。これを30mほど、湖の中心部に向けて投げる。ドラグはフリーに近い状態で、完全に糸が引き出されてからアワセをくれる。

わずか数分でアタリがあり、1mほどのストライプキャットフィッシュ。その後はやや大きなメコン大ナマズ。ヒレや体色が違う程度でなかなか見分けがつきにくいが、この2種が90%以上を占める。日本のナマズとはちがってどちらも雑食で、中層でパンを食ってくる。
大きさは平均110〜120cm、重さ15〜20キロ級で、引きは強烈。竿を引き倒し、ドラッグをギュンギュン引き出す。竿尻の支点となる下腹を保護するために、腰に「マンタベルト」を装着してファイトを楽しむ。


腰が浮くような
猛烈なファイト

チャオプラヤ・
キャットフィッシュ

チャオプラヤ・
キャットフィッシュ

ストライプ・
キャットフィッシュ

メコン・ジャイアント・
キャットフィッシュ

これは120cmのメコン。
メコンジャンアントキャットフィッシュは現地名プラブック(PlaBuk)と呼ばれ最大200キロ以上になります。

やがて入れ食い状態になった。汗が噴きだし、さすがに腕がパンパンになってきた。
それにしても物凄い魚影だ。
ナマズ特有のダラダラとしたヒキ味も最初は楽しいのだが、一回あたり10分の渾身のファイトとキャッチアンドリリースを10回以上繰り返しているとやがて苦痛になってきた。午前中の2時間で総重量は200キロ近く釣った。これ以上続けてはさすがに体力にも自信がない・・・。
 
「どんどん釣れる魚はつまらない。飽きてしまった。アタリがなくてもいいからあとは本命のコクレンと鯉狙いをさせてくれ」と御願いし、例の発泡ボールを付けた仕掛けに切りかえることにした。この両者はいずれも遠投の必要なく、岸寄りの足元がポイントだという。コクレンは中層、鯉はブッコミだ。さすがに外道のアタリはなく、食事をしたり、会話をしたりマッタリした時間を過ごすことになった。
フランソワはハンモックで昼寝をはじめる。
 
 

ハンモックで

この魚、たくさんいる。

へんな顔。

◆痛恨のバラシ

 
午後3時過ぎ、鯉狙いの竿に強烈なアタリ。スプ―ルから糸がビーッと引き出されている。
最初はフランソワが走っていき、アワセをくれると魚が乗ったようだ。私に竿を渡す。
強烈なヒキが伝わってきた。「カープ?」と尋ねると「May be (たぶん)」と答えが返って来る。
いたって真剣な顔つきだ。ナマズはダラダラと走るだけだが、さすがは鯉、ギュンギュンと金属的なヒキが伝わってくる。
フランソワは「糸を送れ、巻きこめ」といろいろとアドバイスを与えながら、「30キロオーバーの大型だ、あせるな!」と叫ぶ。やがて5分くらいたったろうか、ギュウ―ンとのされるような引きこみのあと、フッと軽くなった。

魚がバレたのだ。糸を巻き取ってみると針はそのまま。オーマイゴッド!
私以上にフランソワは残念そう。「アタリがあったということは、あなたはとてもラッキーだ」
その後はアタリなく、夕暮れを迎えた。

 ◆二日目、ついに本命と出会う。そして・・・(9/26)

朝のうち雨だったが、湖に到着する頃は陽射しが出てきた。
晴れているほうが鯉にはベターコンディションとのことで期待に胸がふくらむ。
今日のポイントは過去にコクレンの実績がある場所、水深は釣り場の足元で4m前後だ。

今日は朝から鯉とコクレンだけを狙う。コマセのダンゴは米糠に魚粉をまぜたもの。
食わせは例の発泡ボールをつけた空針仕掛け。
パンに比べるとエサもちが悪いので40分間隔くらいで打ち返しをする。
 
アタリはない。
やがて昼近くから激しいスコールとなった。叩きつけるような雨。
このバンガローは屋根が張り出しているので激しい雨でも凌げる。
雨音のリズムはなかなか快適で、横になっているうちにやがて睡魔に教われる。
ガイドのKIKは軒先でアタリを観ている。
 
フランソワの叫び声で目が覚める。外を見るとKIKが竿を持っていた。
雨は上がっている。あわててサンダルをはき、竿を渡してもらう。

「ジャイアントカープ!」

寝起きだが竿を持つとはっきりと現実が戻ってきた。
夢ではない、いま私はタイで夢の巨ゴイと引き合っているのだ。
時計を見ると2時40分。

昨日のヒキほどではないが、強烈だ。やがて足元によってきて魚が顔を見せる。
あの写真のあの顔だ、あの色だ。あと数メートル。もう心臓はバクバク。初めてアオウオを釣ったときくらいの興奮だ。
空気を吸わせるために思いきり竿をあおると
黒い尾鰭で水面をたたいて潜っていく、何度かの激しい水飛沫がこちらまで飛んできて
フランソワが「グッドシャワー!」と叫ぶ。
10分くらいだろうが、異様に長い時間が経過した気がする。
やがてKiKのランディングネットへ収まったのは1mほどの鯉。
やった!スゴイ迫力だ。感動でガクガク足がふるえる。
経験豊かなフランソワは魚体を一目みて20kg級だという。

「コングラチュレーション!」と叫ぶフランソワと抱き合う。

 
写真は釣り座の板の上ではなく、水の中へ入って魚を抱えるべきだという提案で、
私は躊躇することなくシャツを脱ぎ、短パンのまま桟橋から水中へ降りた。
水は暖かく、胸までの水深だ。サンダルが脱げてしまい浮かんでくる。
足裏に水底のタニシの感触がジャリジャリと伝わってくる。ともあれ準備は整った。
 *フランソワのサイトのパーカーホの写真はすべて男達が水の中に入っている。魚体を大切にしたいというフランソワの流儀であり、遠来の釣り師へのサービス演出としてもっともタイらしい自然の中で写真を撮らせている。


フランソワとKIKが二人がかりで魚を入れたままの玉網を桟橋に運んできた。
まだ釣り針は口についたまま。いざ魚が手を離れたときにも回収するためという。
 
同じ高さの目線でみた魚は大迫力。しっかりしたウロコの感触に感動。
恐いくらい大きな口の美しい魚だ。大きさは90cmくらいだろうが、
体高はアオウオの130cmクラスと同じくらいある。
ネットから魚の胸鰭を支え、抱き上げる。アオウオのような太く長い胸鰭だ。
魚のボリュームと重量感をしっかり味わった。
 
悪夢はその直後に起こった。

尾鰭で水面を叩いた魚が、私の手をスルリと抜けた。

飛沫で頭まで水をかぶる。


瞬間グッと力を加えたが遅かった。
 
まだ釣り針は口についたまま。
糸をひいて桟橋をくぐって潜った魚はバンガローの杭に巻きついたようだ。
KIKがすぐシャツを脱いで飛びこみ、水中に潜る。やがて上がってきたのは伸びたフックだった。
オーマイゴッド!
 
唖然、しばし空白の時間。

ふと気づくとなんと、一枚も写真を撮っていない。
フランソワは私の2台のカメラを手にしていたが、動転していてシャッターを押していなかったのだ・・・


パンツまでびっしょりの私とKIK。

魚はランディングした。しかし検量もしていない。写真は一枚もない。
しきりに詫びるフランソワ。でも、もうどうすることもできない。
「とにかくあなたが日本人ではじめてこの魚を釣ったことを、私とKIKが証人となる」と。
 
コンディションはよさそうだったので気を取りなおして「アナザービッガーワン!」と
強がって夕方まで粘る。
夕暮れ、またもや激しいアタリがあった。今回、三度目のバイトだ。
走っていって竿をとるが、アワセが間に合わず、針に乗っていない。
日本式に竿かけで竿の弾力を活かせれば針かがりしたはずだが・・・

私はここの水に入った。

私が釣ったバンガロー

桟橋で釣りをする人
←ここでこういう写真が撮れていたはずでした。

◆心のフィルムに



写真がないのは釣行記としては不充分であるし、心残りだ。
だが、私にいい写真を撮らせようとした結果のことなので、私は彼を責めはしない。

これについて一番心を痛めているのはフランソワ自身だ。
「とにかくあなたが日本人ではじめてこの魚を釣ったことを、私とKIKが証人となる。
写真がないと信じない人もいるかも知れないが、その人がいずれタイに釣りにきて、私に会えばわかるから」といってくれた。

コクレンはまったく釣れなかったが、パーカーホを釣る事ができた。
とにかく私はタイに行って目的の夢を適えることができた。
この手で魚体を抱えた感触、その姿は私の心のフィルムにしっかりやきついている。
 
 

★最後に

 今回も情報収集はインターネットがすべてだった。
ただ、どんなにデジタルの情報通信が発達しても、釣りはアナログ。
何事も百聞は一見に如かずの体験主義が私のモットー。とにかく行って竿を出してみないとはじまらない。昨年の台湾に続き、私の淡水大魚ライフにまた新たな一ページが加わった。
 
私が体験したのは首都バンコックの管理湖の釣り。
少なくともこのブンサムラン湖は、やや高級なゴルフ場のようなものをイメージしたほうがいいかもしれず、ワイルド志向の方には適さないかもしれない。パーカーホを含め、いずれもチャオプラヤ河やメコン川あるいはアマゾンから運ばれた魚達であり、完全なネイティブではない。しかし、その水域は豊穣と肥沃という言葉がぴったりの巨魚の宝庫だ。IGFA(国際ゲームフィッシング協会)のいくつかの世界記録がこの湖で出ている。
 
タイ全体がどうなのかよくわからないが、日本にほとんどタイの釣り情報がないことからもわかるようにこの国ではレジャーとしての釣りを楽しむ人間はほんのひと握りだ。
魚はいくらでもいるのだが。仏教国ゆえんの無駄な殺生をしないということなのかもしれない。
 
また、この国は微笑みの国といわれる。アジアの国でかつて植民地にされた経験をしていないのは日本とタイだけだ。そのせいか、たいへんおおらかで、楽観的な国民性が心地よい。
 
また機会があれば、ぜひまたこの湖で世界記録級にチャレンジしてみたい。
 
                                                     (2002年9月29日)

【ブンサムラン湖】

Bungsamran Fishing Park 
住所:Soi Suwanprasert Sukhapiban 1 Rd, Bangkapi, Bangkok 10240
Tel : 0-2734-9270
入場料500バーツ/バンガロー200〜1000バーツ/レンタルロッドあり/釣具店・売店・食堂完備
Bungsamran Fishing Park


住所

地図

釣場図

*タイの釣りや魚に関する情報はこのサイトにすべてが詰まっています。
興味のある方はジャン・フランソワ・エリアスに英語でメールで連絡をとってください。

→ Fishing Adventure Thailand


*私の釣行の1ケ月後、東京・多摩川で鯉釣をされるフライフィッシャーマン、村上則洋さん(東京在住、カメラマン)がバンコク釣行され、なんとメコン・ジャイアント・キャットフィッシュ(pla buk)の世界記録魚を釣りました。

村上さんの釣行記はこちら。


2005年9月、三年ぶりにチャレンジしてきました。

今度はしっかりとパーカーホを写真を撮ってきました。

→タイの巨鯉2005完結篇へ

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